徳永真一郎ギターリサイタル終了

6月29日(土)に開催した「徳永真一郎ギターリサイタル」は、お陰様でご好評の内に終了致しました。

昨年に続き、台風のリスクにさらされながら(台風を呼ぶ男!)、無事に福岡と長崎のツアーを終えました。

ご来場いただいた皆様、スタッフの皆様、ありがとうございました。

改めて思うこと。

徳永さんはパリの国立高等音楽院を日本人として初めて首席で卒業されました。これは同じギターを弾くものとして大変すばらしいことだと思います。

音楽の世界では学歴というのは実際あってないようなもの。また、そのように認識されている聴衆の方、愛好家の方も多いような印象を受けます。

しかしながら、他の分野においては卒業、資格(ディプロマ)を取得することはごくあたりまえの事であり、逆にそれがなければその仕事に従事する資格がないものとみなされます。

昔、カリスマ〇〇みたいな言葉がはやりましたが、カリスマ医師、カリスマ薬剤師、カリスマ建築士、カリスマ自動車整備士・・・などハッキリ言ってしまえば詐欺なわけです。皆さん、このような人に仕事を依頼したいと思うでしょうか?

・・・僕は絶対に嫌ですね。

例えば病院に行ったら先生の証書は確認し、どこでどのような勉強をされてきたか、何が得意か、分からないなりに知ろうとします。信頼し、自分の体を預けるのだから当然のことだと思います。

もちろん、音楽の世界は上記のかっちりとした資格のある世界ではなく、何となく良いとされるものが評価されたり、カリスマも活躍できる、あるいはしてもいい世界だとは思います。良いものは良い。

でも線引きが難しいからと言って、専門機関できちんと評価された実績をないものと考えることはできません。

僕は昔、工学部という音楽以外の分野で日本の国立大学を卒業しました。だから、卒業のためには、数年にわたる単位の取得であったり、試験である程度の成績を残すことであったり、研究論文の執筆であったり、発表であったり、いくつかの明確なハードルが存在することを体験として知っています。そしてその一定の条件をクリアした、という事が社会に出ても評価されています。同じく卒業した僕の友人たちはその後立派に企業人として各方面で活躍しています。また、大学卒業はほんの一例で、その他各種資格を持っている人達や農家など専門職の人達によりこの社会は支えられています。見まいとしても、それが真実です。

話を音楽の世界に戻しましょう。

音大、音楽院に入るのは機関にもよりますが、比較的簡単なことと言えます。極端な話、入学費用さえ払えば入れる学校もあります。しかし大事な事は卒業したかどうか、です。なぜなら卒業のためには数年をかけて単位を取得し、試験である一定の水準を上回らなければなりません。

困った事に、音楽の世界では入学、とか留学、というだけでプロフィールに書いたりする人もいます。しかし、何度も言いますが、客観的には卒業する事こそが全てであり、入学、留学には主観的な意味はあったとしても他人にとって客観的な意味はありません。極端な話、東大の赤門をくぐるくらいなら誰でも可能です。

だからこそ、徳永さんはやはり専門家として客観的な大変素晴らしい価値があるし、そのような方をここ福岡にお招きすることは大変意義のある事でした。

主催者として関わることができて幸せです。

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